電子書籍について考えてみる

今まで、ガラケーで無料で読めるコミック程度しか使ったことがなかったけれども、中華なAndroidタブレットを入手し、青空文庫やJコミを利用して、まとまった量を読んでみて感想を持てるようになったので書いてみる。

まず、最初に、私の中華なAndroidの大きさがiPodクラシックとほぼ同サイズの大きさであることを前提に話が進むことを断っておく。

青空文庫のような形式でデータが来る場合、これはかなり電子化する意味はあると思われる。というのも、データがテキストで来るので、端末の画面サイズの影響はなく、実行時の環境で適切にレイアウトすればいいのであるから。ダウンロードしてしまえば複数の作品を持ち歩ける、電子化の恩恵が感じられたケースだ。

Jコミの方は環境にもよるかな、といった感想だ。少なくとも私の中華Androidには向いていない。作品に触れられたのは単純に嬉しかったが。まず、画面サイズ的に画面一杯に1ページを表示すると小さいというか物足りない。通常の吹き出しの中を読むのは問題ないのだが、欄外注や、巻末・話間の手書き部分などは拡大しないと読めなかった。それらを読むためにわざわざ拡大・縮小を繰り返すのは正直めんどうだし、端末スペックが足りない。ページ送りでさえもたつくのだから。

また、「見開きが見開きで読めない」のももったいなかった。まぁ、端末の画面モードの縦・横を切り替えて、PDFの表示モードを設定すれば読めないこともないのだろうが、それでは通常ページが普通には読めない。ガラケーちっくに読むことになってしまう。

コミックビューアは使っていないが、基本的に電波がないところで使うときにダウンロードしておいたファイルを読む、という用途が多いので使えない、といった方が正解か。3G回線に繋がっていない端末の哀しさ。

電子書籍元年、などと騒がれているけれども、紙の書籍にはいろいろな大きさがある。雑誌、専門書、文庫、コミック、文芸書...それぞれが、それぞれに、読むために最適化した大きさになっていると思うのである。プロが商品として流通させているのだからそうなのだろうと思う。

だから、それを単純に、スキャンして電子化して、単一サイズの液晶で読む、というだけでは無理があるような気がしてきた。少なくとも私の中華Androidの画面サイズは電子書籍リーダとしては画面が小さい。が、スマートフォンと比べると大きさは大差ない。買うときにiPod(iPod touch, iPhone)基準で選んでいるのだからそうなる。

となると、スマートフォンを電子書籍リーダとして使い、私を同じ感覚を持つ人はいるかもしれないし、私が古い人間なだけなのかもしれない。

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