ネット社会で国民マスコミ化?

映画の世界と現実の世界で気になること(描写)があった。

映画は「RAILWAYS」の1シーン。主人公の運転士がとある事情で運転席を離れる(現実にはあり得ないと思うが)。その隙に乗客の子供が運転席に座り、操作をして電車を動かしてしまう。運転士がとっさに制動をかけたので事故にはならなかった。が、他の乗客の一人がこの一部始終を携帯で動画撮影しており、ネットに公開、タイトルは「○○は子供に電車を運転させている」というものだった。これでマスコミが騒いで大騒ぎとなる...

現実のはtwitterで元ネタが書かれたものだが私はtwitterをやっていないのでmixiニュースでの二次情報で知った情報である。朝のラッシュ時にOLと子供を連れた母親が乗っていたらしい。子供が騒いだ(はしゃいだのか泣いたのかはわからない)のでOLが降りるように促し、母親は泣く泣く降りたという。

この両者に共通なのは、ネタ(動画やツイート)を公開した人間が出来事に関わりを持っていないところ。映画の方であれば、携帯で撮影する暇があれば子供を制止することは十分に可能であっただろうし、自分が利用させてもらっている鉄道会社が不利になるような行為をするべきではないだろう(鉄道ファン目線入ってます)。ツイートの方もtwitterの性質上詳細が書けなかったのか、書いた人の思いが入っていない。OLを止めようとしたのか、よくぞ言ってくれたと心の中で思っていたとか一切ない。それを見た人がそれぞれの思いをこれまたネット上で語るだけ。

ただ、映画の方はあきらかに止めるべきだと言えるのだけれども、ツイートの方は状況が全く見えないので書いた人間がどうするべきだったかは言えない。

ただ、これだけは言えると思う。一個人は通常ニュースを供給する媒体ではないので、断片的な状況だけを客観的に、どうとでもとれるような情報をたれながすのはあまりよろしくないのではないかと。流すのであれば、自分との関わりを明確にして表現するか、ひたすら客観的に一部始終漏らさずにことの詳細を誤解を招かないよう表現すべきだろう。その場合は、文字数などの制限のない媒体を選んで公開すべきだろう。

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